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名古屋高等裁判所 昭和39年(ネ)86号 判決 1966年2月24日

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し、金一九八万円およびこれに対する昭和三九年六月九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し金一九八万円およびこれに対する請求の趣旨並に原因の変更に関する昭和三九年六月五日付控訴人提出の準備書面送達の翌日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

控訴代理人は、その請求原因として

(一)  控訴人は従来約束手形債権に基き請求をなして来たが、当審において、その請求の趣旨および原因を次のとおり不法行為上の使用者責任(民法第七一五条)に基いての請求に変更する。すなわち、

(1)  江川衛は被控訴人の使用人で、愛知県渥美郡渥美町西山一番地、被控訴会社穂波四班伊良湖作業所長を勤めていたものであるが、同人は、右作業所に砂利等を納入していた渡会建材こと渡会九十九に対し、資金を融通するため、昭和三六年七月一四日金二二〇万円の約束手形一通(振出名義の表示を、愛知県渥美郡渥美町西山一番地、飛島土木株式会社穂波四班、伊良湖作業所、所長江川衛としたもの)を振出し、渡会九十九、ついで中原寅吉の裏書により、その頃控訴会社渥美支店が右手形の譲渡を受け、現金一九八万円を渡会九十九に交付した。そして控訴人は適法に右手形を呈示して被控訴人にその支払を求めたところ、その支払を拒絶せられたものである。

(2)  ところで、右手形は、原判決の説示するとおり、被控訴人のため、手形振出の権限を有しない江川衛が恰も手形振出の権限あるものの如く装つて、擅に右手形を振出したため、第三者たる控訴人は被控訴人が責任を負うべき手形と欺罔せられ、前記のとおり金一九八万円を出損し、同額の損害を蒙つたものである。

(3)  そして江川衛は、被控訴人のため、資材獲得という業務の執行について右の如く手形を振出したものであるから、被控訴人は、江川衛の使用者として民法第七一五条に基き控訴人が蒙つた前記損害の賠償責任を免れることはできない。

(4)  よつて、控訴人は被控訴人に対し、前記金一九八万円およびこれに対する昭和三九年六月五日付控訴人提出の請求の趣旨並びに原因の変更に関する準備書面の送達の翌日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べた。

(二)  立証(省略)

被控訴代理人は、請求原因に対する答弁および主張として、

(一)  控訴人が当審において主張した請求原因の変更については異議がある。すなわち、手形金の請求と不法行為に基く請求とは、攻撃防禦の方法を異にするから、右請求原因の変更が認められる場合は、すでになされた証拠調の結果は、すべて不必要となり、改めて証拠調をなす必要が生じ、著しく訴訟手続を遅延せしめる結果となるからである。

(二)  仮りに、請求原因の変更が許されるものとすれば、当審における控訴人主張の請求原因事実については、江川衛が被控訴会社伊良湖作業所主任を勤めていた点のみを認め、その余の事実はすべて否認する。すなわち、

(1)  被控訴会社伊良湖作業所は愛知県から請負つた伊良湖地区海岸災害堤防護岸復旧工事を施行するため、被控訴会社名古屋支店所轄作業所として設けられたもので、同所の主任および職員の職務は、専ら県との事務連絡、現場労務者の雇人、補充、管理、納入資材の受入、点検等の業務を執り行つていただけで、工事金の受領、工事費用の支払等の事務は、すべて名古屋支店が直接行つていたものである。さらに詳述すれば、伊良湖作業所は、その主任の責任において、毎月二〇日締切で工事金請求書に納入資材の請求書記載の納入品目、数量と同所保管の納品伝票とを照合し、正確を確認し、納入資材の支払明細、その他の用度費、労務賃金等の支払明細を記載して名古屋支店に報告し、名古屋支店においては、これらを検討した上、翌月一五日前後に、同支店会計係員が、同支店或は現金を持参して伊良湖作業所において、直接支払つていたものである。したがつて、伊良湖作業所主任が約束手形を振出して被控訴会社のため金員の支払を行つたことは全くない。

(2)  のみならず、被控訴会社においては、手形振出の権限を有するものは、専ら代表取締役のみで、名古屋支店長でさえも、その権限を有せず、況んや伊良湖作業所主任であつた江川衛が、かかる権限を有するものではない。

(3)  しかも、本件手形は、江川衛が被控訴会社に対する納品代金その他の金銭の支払とは全く関係なく、専ら渡会建材こと渡会九十九に融通するため振出した融通手形であるから、被控訴会社の事業の執行とは全然無関係に振出されたものである。

と述べた。

(三)  立証(省略)

理由

(一)  控訴人が主張した従来の請求原因は、約束手形債権に基くものであつたが、当審において、控訴人がこれを不法行為上の使用者責任に基く請求に変更したことは、本件口頭弁論の全趣旨に徴して明白である。

そこで果して右の如き請求原因の変更が許容せらるものかどうかの点について判断するに、右両請求原因は、控訴人の主張自体から明らかなとおり、訴外江川衛が振出した本件約束手形と密接不離の関係にあつて、しかも、控訴人が出損した金銭が右手形に基因するものであるという点で、その大部分が共通している。したがつて、証拠関係も亦大部分が共通するものと考えられる。それ故に右請求原因の変更は、民事訴訟法第二三二条第一項に定める請求の基礎に変更があるものとは到底考えられないのみならず、これを許すことにより著しく訴訟手続を遅滞せしめるものとも考えられない。よつて右の如き請求原因の変更は許容せらるべきものである。

(二)  そこで請求原因変更後の控訴人の請求の当否について考える。

(1)  江川衛が被控訴会社の使用人で、同会社伊良湖作業所主任を勤めていたことは当事者間に争がなく、同人が被控訴会社のため本件約束手形を振出したとして、右手形債権に基く控訴人の請求が失当であることは、原判決の説示するとおりであるからこの点についての原判決理由記載を引用する。

(2)  原審並びに当審証人江川衛の証言並びにこれにより江川衛が振出したものと認められる甲第一号証によれば、江川衛は、被控訴会社のため本件約束手形を振出す権限がないのに、渡会建材こと渡会九十九に対し融通手形として本件手形を振出したものであること、右振出に際し、江川は右手形、すなわち、振出人欄の表示として「愛知県渥美郡渥美町西山一番地飛島土木株式会社穂波四班、伊良湖作業所所長江川衛」と記載し、自己の印を押捺した手形では、被控訴会社に右手形上の責任が生じないことを知つていたことが窺われる、したがつて、江川は右手形によつて渡会九十九に対し融資した第三者が、右手形の裏書譲渡を受け、右第三者から被控訴会社に右手形金請求をなしても、被控訴会社はその支払の責任を負わないことをも、当然承知していたものと推察するに難くない。

(3)  一方、原審証人中原寅吉、原審並びに当審証人渡会九十九、伊藤治郎の各証言を、これらの証言により真正に成立したと認められる甲第一号証の各裏書欄の記載に照して考えると、右手形は、渡会九十九、ついで、中原寅吉が各裏書をして、昭和三六年七月一五日頃、右両名の求めにより控訴会社が割引し、金一九八万円を中原を経て渡会九十九に手交せられたこと、および右の経緯により控訴人が右手形の裏書譲渡を受け、これを所持するに至つたことを認めることができる。

(4)  そして前記のとおり、被控訴会社は右手形について支払義務を負わないものと認められる以上、控訴人は前記出損により金一九八万円の損害を蒙つたものといえるが、この損害は、前記(2)において述べた事情と考え合わせれば、江川衛の不法行為によつて生じたものと断定することができる。

(5)  そして江川衛は被控訴会社の使用人であることは、すでに述べたとおりであり、かつ、原審並びに当審証人江川衛、渡会九十九の各証言を綜合して認められるとおり、前記手形は、被控訴会社伊良湖作業所が業務上必要とする砂利等の納入をしていた渡会建材こと渡会九十九の窮状を救い、引続き砂利等の納入を継続させるべく江川衛が振出したものであるから、右手形に基因して生じた控訴人の損害は結局において、江川が被控訴会社の事業の執行について加えた損害といわなければならない。したがつて、被控訴会社は控訴会社に対し、民法第七一五条第一項に従い、前記金一九八万円およびこれに対する前記損害発生日の以後であつて、控訴人が主張する準備書面の送達の翌日であることが記録上明白である昭和三九年六月九日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を有するものといわなければならない。

(三)  結論

以上の次第であるから、右と結論を異にした原判決は不当であるからこれを取消し、控訴人の請求を認容し、民事訴訟法第九六条、第八九条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

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